抽象的な祈りは可能か

抽象的な祈りは可能か

よく、「アイデンティティーポリティクスは良くないよね、乗り越えなければ」「分断を深める」とかバズワードのように定型文が繰り返されるけどさ、そんな簡単に言えることじゃないよね、これは。

きっとこれは「抽象的な祈りは可能か」という命題だ。すごく難しいことで、このことを考えようとすること自体が難しいよ。

一方で、表現者としての立場に立った時は、「具体的な作品を作るか」「抽象的な作品を作るか」「どの程度まで言うか」みたいな話になってくる。これはすごく卑近で個人的な政治的駆け引きの問題だ。でも、「抽象的な祈りは可能か」という命題はすごく高度な問題だ。その対極的な二つが両隣、コインの裏表のようになっているのが一番の問題だ。