ついに『パレット』(指人形 / 西田好孝によるゲーム。2000年公開。)のWindows版を読了した… 前に途中まで遊んで放置中だったけれど、いやあ傑作だった
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88_(%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0)
『パレット』の前は、すぎやん氏のゲームを片っ端から遊んで行くのをやっていて(現時点ではEmeraシリーズとANT以外は全部クリアした)、その経験に引きずられてるかもしれないが、『パレット』って、思いのほかサイバーパンクだなあ、と。すぎやん氏の作品にも受け継がれていっているような純粋だけど力強いパンクみを感じる。特にラストシーン。
(ここから若干ネタバレ)
ラストシーンの直後の描写がめちゃくちゃに良かったなあ、、、
妄想なんじゃなくて、嘘なんじゃなくて、ずっと一緒にいる、おなじ自分なんだなあ、と。
それこそテレビに出てくる探偵(あるいは医者や心理学者)が、最後に話をプロフェッショナルな語り口でまとめあげる、みたいな感じ。でも客観的な立場から「それ」を否定する、妄想だと切り捨てる、病理化する、あるいはTV番組のなかで見せ物にするようなプロフェッショナリズムではなくて、絶望的な状況の中で、時間を止めざるをえないその状況下で、その語り口に「なる」ことに希望を見出すということの儚さはありつつも、ずっと一緒にいるんだ、おんなじなんだよというメッセージを出していく、まさに語り口のreclaimingを行なっている。
すごく儚いことだけども、でももしかするとそこに本当に世の中を変えていく希望があるのかもしれない。