Cass Reviewとかいう謎文書について

(2024.10.29 タイトル修正 ReportじゃなくReviewだった/訳追加)

そもそも(gender affirming careを除く)精神療法はエビデンスがあるからそっちの方がいい!っていうのも論理的におかしい。母集団とか大学1年レベルの統計学の基礎をわかってない。たとえばうつ病の研究だったらうつ病全体の人口に対して有効かどうか判断しているわけで、性別違和とうつ病を両方持っている人に対しての研究ではない。性別違和に関する研究の、確証性の高いエビデンスが少ないというなら、性別違和とニューロダイバージェンスを両方持っている人についての確証性の高いエビデンスも少ないはずで、エビデンスが少ないからholistic approach を推し進めるべきだ、という言説は明らかに論理的破綻がある。(そもそもholistic approachが何であるかも明確に提示されていないが。)

また、Cass reviewはエビデンスベースを掲げているのに、随所に提示される偏見にはエビデンスを提示しない。

これを擁護している専門家は、ちゃんとこれを読んでいないか、そうでなければ論理学や統計学の基礎授業を受け直した方がいい。(そんなもの受けるまでもなく、普通に論文を読んだことがある人なら論理の捻じ曲げがどんなときに発生するのかは把握しているはずだが…)

総合的にみて、かなり甘く評価しても、いちおうエビデンスベースに見える分析と、エビデンスが提示されていない単なる偏見(p. 94, 5:17とか)、誤った論理の組み立て、そして誰も反対しないような当然の政策提言(Trans Actualによれば、”lip service”と評されている)とが混在した玉虫色的な怪しい文章と見るべきだろう。

Say what you like about the Conservative government; it is very good at commissioning reviews that suit its political agenda … The Cass review into gender identity services for children and young people served by NHS England is, sadly, more of the same. Labour’s Wes Streeting said, “Children’s healthcare should always be led by evidence and children’s welfare, free from culture wars”. Few would disagree. Trans people, certainly, don’t want to be treated as a political football. The difficulty is that, as this article will show, the review is not politically neutral and falls well short of the evidence-based approach one might have hoped for. (訳: 保守党による政府のラブリーなところを挙げてみよう。それは、政治的なアジェンダに合うような専門家会議を作ることに長けていることだ。 NHSイングランドが提供する子どもや若者のための性同一性サービスに関するキャス・レビューは、悲しいかな、その一例となっている。 労働党のウェス・ストリーティングは、「子どもの医療は、文化戦争から解放され、常にエビデンスと子どもの福祉によって導かれるべきである」と述べた。これに反対する人はほとんどいないだろう。トランスの人々は、政治的なフットボールとして扱われることを望んでいない。難しいのは、この記事が示すように、レビューが政治的に中立ではなく、期待されるようなエビデンスに基づいたアプローチには程遠いことだ。)

偏見を含めて関係者から聴取した様々な意見を列挙した闇鍋にするのであれば最初にそう宣言するべきであり(そうだとしてもかなり偏りがある報告書になってしまうが)、エビデンスベースなどと銘打つのは端的に言って詐欺でしかない。

ともかく、政治家なり官僚なり、あるいは社会的活動を行う団体の構成員は、第三者委員会、独立委員会、専門家の言っていることだから正しいと鵜呑みにしてはいけない。自分で読んで検証するべきだ。怪しいことを言っているのであれば、必ずどこかに論理的綻びがあるはずで、それは学者でなくとも容易に見つけることができるはずだ。活動家や意思決定者がそうしたプロセスを軽視することは、専門家や専門知を重視するようでいて、実は軽視していると言える。仮に「今の方針は行きすぎている」という信念があったとしても、こんなにレベルの低い報告書をその信念を証明する論拠として使っていいわけがない、のだが、そのような言説が広まっていること自体、物事の表層しか見ない人間が増えたということだろう。

Cass Reportを科学的・冷静・よくわかっているなどと褒め称える専門家は、全員今すぐ職を辞すべきである。

参考資料

https://cass.independent-review.uk/wp-content/uploads/2024/04/CassReview_Final.pdf

https://ruthpearce.net/2024/04/16/whats-wrong-with-the-cass-review-a-round-up-of-commentary-and-evidence/

https://ndconnection.co.uk/blog/cass-report

https://www.tandfonline.com/doi/epdf/10.1080/26895269.2024.2328249?needAccess=true

https://transactual.org.uk/blog/2024/04/11/press-release-the-cass-review-is-bad-science-and-should-not-be-taken-seriously-by-policymakers/